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もうなのか やっとなのか まだなのか

3月11日

もう7年なのか

やっと7年なのか

まだ、7年なのか

昨日から震災関連番組でテレビを見るのもやだわ

津波の画像を見てつらいとかじゃない

あの頃もいまも東電の「本店!本店!」って、言葉と同時にメルトダウンに対して氷で冷やせばなんとかなるみたいな知識しか持たなかった東電トップのバカさにいまだに腸が煮えくり返るおもいだ

被災地から帰宅してから、テレビコマーシャルが自粛されて、「えー♪し―♪」と、政府広報番組ばかり流されたり、寒い冬の計画停電にイライラしていたっけ

でも、私は3月10日未明に母が体験した東京大空襲を忘れない。もう少しそれ関連のニュースを流して欲しいなと。あの日、病院に置き去りにされた母を火の雨の中大八車をひいて迎えに行った父親。出会えたのも助かったのも奇跡だし、その奇跡がなければ私は生まれてない

最近、91歳の新規クライアントさんとお会いした。40歳の時に農家の後添いとなった。義父母健在で、亡き先妻の生んだ17歳を頭に三人の息子のいる家で嫁に来たその日から農作業に明け暮れた。実子を生むことなく来たが、苦労を知る息子らとは和解し良い関係だったが、跡取り長男が末っ子が4歳のときに突然死。そのご、農家を切り盛りしながら来た。長年の無理がたたり寝たきりになったが、いわばなさぬ仲の孫が農家を継ぎ、介護もしている。なぜ暗い部屋にいるのかと聞いたら、電気が眩しいからと。電気をつけると枕元に新聞があった。テレビは見ずに新聞を熟読しているという。部屋には、沢山の遺影が。その中には、先妻さんもいた。おつらくはないですかと聞いたら、田植えのうまい嫁さんだッたらしいよ見習いたいねと。義父の兄弟が軍服姿で遺影になっているのを見て、義父の介護中に出征したら死ぬっけ。次は俺だ。戦争なんて行きたくないって言ってたんだと義父が呟いていたたんだそうで、指差しながらこれは⚫⚫さんこれが▲▲さんと名前をいいながら「戦争だけはやだね~死にに行くってわかっててさ。出す方も行く方もさ」と、だから遺影が見たことない人ばかりでも負担ではないのだと。昔話の相手なんだそうだ。冷たい手をさすっていたらあたたかくなった。すると、遺影に向かって「私の代で田んぼを絶やしませんかららしい」と、手を合わせた。この方にも戦争はある。許嫁が戦死して、農家の後添いとなった。1人の女性の静かなそして壮絶な一生だ

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お父様、火の雨の中大八車をひいて迎えに行ったなんてすごすぎる!?
お父様とお母様が出会われたのは運命だったのでしょうね。

本当に壮絶な人生・・・
さぞかしご苦労されたことしょうね。

Re: koume さんへ♪

病院から自宅まで直線距離で四キロ。空襲やまぬ中、よくたどり着いたなと

あれから7年

そうだね
息子が東京へ行ったのもその年
どうも息子の年の子達が節目節目には
大変な事が起きるのよ
生まれた後に平成に
小学校入学前に阪神大震災
等など数えたらキリがない
なんだろうね~って
今年30歳になる年なんだけど

Re: チョコさんへ♪

次男は、あの震災で就労が無期延期になったっけなと

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